その日は電動自転車に子供を乗せて公園に向かっていた。激烈な真夏日で日射しがジリジリと痛い日中。
子供との会話は、なるべく同じ目線に立つことと、なるべく楽しくする、というモットーがあり、その日も基本的にふざけて会話していた。
「最近クリコはどんどんでかくなってるよね。めちゃくちゃ食ってるからさ」
「うん」
「それはそれでいいんだけど、このままのペースで体が成長し続けたら大変なことになるよね」
「…なんで?」
「だってこのまま大きくなったら将来的にお父さんと同じ位の大人になる頃には、電信柱位の体の大きさになってるよ?」
「…」
この辺で既に子供は私がボケ始めていることに気付くので、そのまま反応しなくなる。
しかし、私も父親だ。
負けじとボケ続ける。
「え?ちょっと待ってそれやばいよね?だってあんなでっかい人間の着る服なんてないから、素っ裸でいるしかないよ?」
「…」
「しかも裸でいたら警察に捕まるから、誰にもバレない場所で小さくなって隠れてるしかなくなるよ…」
「…はぁ」
呆れたことを伝えるために、しっかりとため息をする娘。
「うぅ...お父さん、クリコがそんな感じの大人になるの耐えられないよ...かわいそすぎるよ...」
と泣き真似を交えてしょーもない話を続けていた。
ちょうど信号待ちに差し掛かり自転車が止まると娘が言う。
「...お父さんいっつもふざけてそんな話してるけど、本当は将来アタシにどうなって欲しいの?」
娘から予期せぬマジレス。
一瞬考えてもいなかったところからパンチが飛んできて焦る。
がしかし、父たるものここで狼狽てはいけない!
マジレスにはマジレスで応えようと思い、少しの間をあけて。
「んー...、お父さんはクリコが好きな人に囲まれて、好きな仕事とたくさんの幸せと一緒に生きていってくれたらそれだけで...」
そう言い終わるか終わらないかの時に、この感情を自分の親、そのまた親と、順々にみんな思い続けてきただろうという、確信のようなひらめきのような信号のようなものが降ってきた。
信号が青に変わった。
ペダルに足をかけ踏ん張る。
自然とボロボロと涙が出てきてしまい、言葉に詰まる。
いつまでたっても続きを喋らない父親の顔を覗き込む娘。
「うわっ、また泣いてるっ!」
「ごめん…とりあえず幸せに生きていってくれたら俺はなんでもいいと思ってるよ…」
「ふーん」
いつの間にか力関係が逆転してしまった会話の中で、自分の父親のことを思い出していた。
父親は子供とのコミュニケーションが上手い方ではなかったと自分が親になってから感じるようになった。
父方の祖父もそうだったと思う。
それゆえ、もっと言いたかったこと、伝えたかったこと、子供に誤解されたままになっていることもたくさんあるんだろうなと今になって感じる。
そして父も間違いなく同じ事を考え感じた瞬間があったのだろう。
こんな時間とプロセスを経て、家族の見えなかった部分が見えてくることもあるんだと、その時初めて経験した。
しばらく流れている涙をそのままにして、とてつもなく大きく長い『生命』という渦に自分が飲み込まれていくのを感じながら、今笑っているこの子がいつかこの日のことを思い出してくれたらいいなと、数十年後の未来の瞬間に信号を送るのだった。
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